過敏性腸症候群の人の食事療法
◆現状と自覚症状
過敏性腸症候群(IBS)は、先進国において人口の7~15%もの人を悩ます身近な問題になっています。女性は男性の2倍の頻度で発症しています。
アフリカなどではほぼ見られない病気のひとつで、ストレスが多い先進国で増えている病気のひとつです。脳と腸は密接に連携しているので、腸のトラブルが増えてきていることは以前から指摘されていました。発症のメカニズムのすべてが解明されたわけではないですが少しでも症状を和らげる食品の選択についてはわかってきています。(1)
主な自覚症状は、
・腹痛
・腹部膨満感(お腹が張る)
・便秘
・下痢
です。何かを食べたり飲んだりするたびにお腹の具合が悪くなることが多く、仕事や学校での生活に支障をきたします。
腸の中では、胃腸の動きが異常になっていたり、過敏になっていたり、軽度の炎症が起きていたり、腸内細菌が変化していたりすることがわかっています。腸内細菌の数が少なく腸内環境が悪いという状態が元々あったことや遺伝的な因子なども合わせて指摘されています。(4)
食品の中で特に症状が強く悪化するものがあることは、以前から知られていました。
・乳製品
・小麦(パン、ほとんどの麺類など)
・柑橘類果物
・カフェイン
・アルコール
を避けることで症状が改善されることが、わかっています。しかし、人によりどんな食品に過剰に反応するかは大きな違いがあることもわかっているんです。(2)
◆気を付けるべきこと
現在、過敏性腸症候群の患者に一般的に指導されていることは以下の事です。
・定期的に食事を摂ること
・食物繊維の摂取を減らすこと
・乳糖を含む食品を避けること
・症状をスタートさせるきっかけとなる成分や食品を避けること(乳製品、果糖、豆やキャベツや玉ねぎなどガスを生じやすい食品)
・カフェインやアルコールを減らすこと
・油っこい食品を減らすこと
乳糖を含む食品、つまり乳製品の排除は、効果に個人差が大きいため議論され続けています。日本人は乳糖を分解する酵素が弱くなっている人の割合が多いと指摘されているので、要チェックだと思います。
◆低FODMAP食:新しいアプローチ
これに加えて、最近、オーストラリアで考案された食事療法があるんです!日本人と元々腸内細菌叢も違う国で考えられた方法ではありますが、症状をとりあえず抑える効果が期待できるので、見ていきましょう。
お腹の中で発酵しやすいオリゴ糖、二糖類や単糖類といった糖質、およびポリオールを含む食品を制限することを推奨するものです。これをFODMAPと総称しています。これらを制限するので、低FODMAP食と呼びます。
これらの成分は、腸内で発酵することでガスが生まれ、腹部の膨満感を引き起こしてしまうので、控えると症状が和らぎます。
具体的な食品については、たくさんあるので、こちらを参考にしてみましょう。
以前、オリゴ糖が腸内細菌の中の有用菌の餌となり増やす効果があることや、腸内細菌叢の状態が全体に良くなることにより免疫力が上がるだけではなく、うつ病になりにくい腸内環境になるということをお伝えしました。(←過去の記事はコチラ)なのに、良くないのか?と疑問に思われる人もいるでしょう。オリゴ糖が腸内細菌の餌となる時、ガスも発生します。本来は体に良いはずの成分ですら過剰に反応してしまい、腸内がガスや水分だらけになることで不快感が生じるのが、過敏性腸症候群の人の状態です。なので、症状を抑えるために療法としてオリゴ糖など本来は腸内環境を整える効果があるものまでも一時的にでも避けるようにしてみるのです。
過去に発表された食事療養についての複数のリサーチ論文を分析してまとめたものから、どの程度の効果があるのか見てみましょう。従来の食事療法と比較して、低FODMAP食がどうだったのかと言う結果をまとめます。(1)(3)
4つの視点から見て生きます。
<1>腹痛の軽減
低FODMAP食の方が、従来の食事療法より効果的だったようです。統計学的に比較した結果、有意に痛みが軽くなったということを示していました。(オッズ比=0.44※)
<2>腹部膨満感の軽減
低FODMAP食の方が、従来の食事療法より大幅に膨満感が減りました。(オッズ比=0.32)
<3>便の固さの変化
残念ながら、下痢のようなゆるい便を普通の固さにすることの効果は、低FODMAP食と従来の食事療法に差はありませんでした。
<4>便通の頻度の変化
度々、トイレに駆け込む回数を減らすことは患者が望んでいることなのですが、残念ながら低FODMAP食と従来の食事療法に差は認められませんでした。
※オッズ比
オッズとは、その状態が起きる見込みの確率を示します。オッズ比とは、2つのオッズを比較した比率です。この場合、従来の食事療法で腹痛や膨満感が起きる見込み確率を1とした時に、低FODMAP食だとその状態がどの程度おきる見込みがあるかということを示しています。
そうですね。
ただし、長期の治療結果についてはまだわからないんです。今後の研究が期待されます。(5)
そして、診断を受けた人も、そうでない人も自己流でやらず、必ず専門の医師や管理栄養士の指導のもと、試して欲しいと思います。自己流で高FODMAP食品を避けることを長く行うと、栄養バランスを崩し体調不良を引き起こす可能性があるからです。
根本的な腸内細菌叢のバランスを整えることで、過敏になった状態を根本的に改善したいとも望む人も多いので、症状のひどい時期にまずこの低FODMAP食を試して症状を抑えながら、ストレスマネジメントを含めた生活全般の見直しをすることが必須でしょう。そして、FODMAPの食品の中でも発酵食品やオリゴ糖などを含む食品を一つずつゆっくり試して、自分の身体がそれほど過敏に反応しない大丈夫な食品を探していってください。そして、本来腸内細菌叢を改善する食品が少しでも食べられるようになっていくと良いと思います。
食事療法がすべてではありません。定期的な有酸素運動が良いというデータもあります。心の健康のために、有酸素運動が大事だというのは明らかになっているので、ストレスと関係している過敏性腸症候群にも関係していないわけはありません。
(1)PM, Latella G. Low-FODMAP Diet Improves Irritable Bowel Syndrome Symptoms: A Meta-Analysis. Nutrients . 2017 Aug 26;9(9):940
(2)Böhn L., Störsrud S., Simrén M. Nutrient intake in patients with irritable bowel syndrome compared with the general population. Neurogastroenterol. Motil. 2013;25:23–30.
(3) Efficacy of a low-FODMAP diet in adult irritable bowel syndrome: a systematic review and meta-analysis.Eur J Nutr. 2021 Feb 14
(4) Diet in Irritable Bowel Syndrome (IBS): Interaction with Gut Microbiota and Gut Hormones.Nutrients. 2019 Aug 7;11(8):1824.
(5) Therapy of IBS: Is a Low FODMAP Diet the Answer?Front Psychiatry. 2020 Aug 31;11:865